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鴎外は乃木肴典が明治天皇に殉じて自殺したことを評価したのも、当時の日本人がその殉死についてまるで軽視したかのような言動をとることに義憤を感じたことがあろう。
だが実際にはそれだけでなく、自殺を神に対する冒酒とみる欧米のキリスト教に反感ないし不満をもっていたからである。
鴎外はドイツ留学という体験をとおして、むしろ日本人の心性の特異さを見直すという文化的体験をしたと見るべきだ。
『高瀬舟』は、日本人に対して安楽死は正しいことか否かを真正面から問いかけたのである。
病にかかった弟が兄(喜助)に対して迷惑をかけることを潔しとせず、剃刀でのどを切る。
致命傷にならずもがき苦しんでいるところに喜助が戻ってくるが、弟はひと思いに殺してほしいと頼む。
そこで喜助はのどにささったままの剃刀を引き抜くようにして、弟を殺すのである。
喜助は人殺しの罪でつかまり、島送りになるために高瀬舟にのせられた。
喜助は自らの行為を悪業とは思っていない。
そのために表情は晴ればれとしているといった様子を、高瀬舟にのっている役人の目をとおしてえがきだしている。
『高瀬舟』がえがいた安楽死というテーマは、この小説が発表された当時(大正五年)、すぐに日本人読者に認められたわけではなかった。
むしろこのテーマは、時代を経るにつれ、次代の者に認められていったのである。
喜助は安楽死の手助けをしたことになるのだが、これは現行の法規ではどうなるのだろうか。
日本尊厳死協会の顧問である成田薫(前述。
成田は元名古屋高廠判事。
山内裁判では陪席判事をつとめていた)は、この事件を現行法で点検すると次のようになるといっている(『リビング・ウ山内裁判に含まれている六つの要因をもういちど引用するが、それは病者が不治の痛いで死が目前である。
苦痛がひどく見るに忍びない。
死苦の緩和が目的。
病者の依頼があること。
医師の手によるのを本則とする。
ただしこれによりえない場合は特別の事情があること。
倫埋的に妥当であること、の六要件である。
鴎外の記述によれば、印と佃は克明に描写されている。
つまり鴎外はこのような状態での安楽死を肯定するという側にいるということであろう。
成田はと価も問われることはないと判断する。
結局、問題になるのは欄である。
喜助が家に戻ったとき弟はすでに断末魔の声をあげて苦しんでいる。
「このような突然の惨澹たる状況の中で、喜助が瀕死の弟の死の願いに耳を貸さず、これを捨ておいて医師の許へ走り去る余裕などあろうはずがない。
これこそ医師の手によりえない特別の事情があったものと言えよう」と、成田は判断するわけである。
についても、喜助の弟自身が倫理的には妥当といえない方法による自殺である。
喜助自身がとくに残虐な方法を使って弟を死なせたわけではない。
成田は元判事として、喜助は無罪放免になるのではないかと判断する。
鴎外もこの裁きに満足するであろうとつけ加えている。
森鴎外はこのような作品を書くことによって、自身の安楽死思想を見つめる意欲を示した。
だがそれは大きな流れには結びつかなかった。
大正期の白樺派系の芸術活動にも表だって安楽死がとりあげられたことはない。
むしろ死よりも、「いかに生くべきか」が中心テーマで、その裏にひそんでいる「いかに死ぬべきか」は熱心に深められて論議されていない。
昭和期の死は、「国家のために」「天皇のために」、あるいは「革命のために」という大義でくくられている。
軍事国家は一木一草まで死して戦うと、やがて太平洋戦争末期には呼号するが、そこには「個人」の死はまったくない。
個人自らが死を選ぶことさえ反国家的として糾弾されたのである。
昭和前期(いわゆる帝国憲法下にあった昭和二十年八月十五日まで)、日本はその大半を中国、そしてアメリカをはじめとする連合国と戦闘状態にあった。
そういう戦場では安楽死に類する行為は無数にあった。
日本軍が撤退する折りに、重傷を負った兵士はしばしば軍医によって自殺用の青酸カリをわたされ、それを服用させられている。
兵士に安らかな死を与えるという意味ではない。
足手まといになったり、アメリカ軍の捕虜になることを恐れでのことだった。
戦時下での死生観は、すべて運命を天にまかせるという以外になく、自らの価値観などもてない時代であった。
大学生が学徒出陣で駆りだされ、やがてそのうちの何人かは特攻隊員として散華するわけだが、戦後になって彼らの残した遺書はある重みをもってその時代に生きた者の苦しさを伝えている。
大概は、「自分は命が惜しい。
しかし、それがすべてでない二とはもちろんだ。
自分の先輩も、またこれから自分も、また自分の後輩も戦いに臨んで死んでいく。
死、死、いったい死とは何だろうか」(松岡欣平、東大経済学部学竺昭利∴十年五日ビルマにて戦死丁と自問自答しながら死んでいった。
国家や歴史の流れが個人など歯牙にもかけない。
そのような状況下で、「安らかな死」や「尊厳ある死」を支える死生観などもてようはずはなかった。
近代日本の知識人の死生観も、それほど明らかになっていない。
死について、個人の見解を述べるのは現実逃避として斥けられた。
『高瀬舟』を著した森鴎外の死生観は、『日本人の死生観(上・下)』(岩波新書)で明らかにされている。
鴎外はユニークな死生観をもっていたとして、その人生が検証されている。
鴎外は短編風の自伝『妄想』を四十九歳(明治四千四空の祈りに書きのこしている。
この中に織りこまれた彼の死生観は、「死を恐れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下って行く」という点にある。
死を従容と受けいれる精神を自らは固めていたのである。
医師として、鴎外は五十九歳になって結核がしだいに自らの身体を回復不能にまで追いこんでいることを知った。
同時に当時の医療が自らの痛みを治癒させることはできないとわかったのだ。
そのことを彼は他人には決して窺わせなかった。
家族にも病勢の悪化を気づかせなかったというのだから、その抑制は極端なまでに自己の範疇にとどめている。
それは友人の医師にも、専門医にも決して診察させず、病気の進行を自らの中に抱えこんで、死を真正面から見据えて生きるという姿勢につながったのである。
この姿勢は何を意味していたのだろうか。
多くの論者が指摘するように、鴎外は死に至るまでの自らの生活とエネルギーをすべて創作活動にむけたのである。
帝室博物館の館長としての執務をつづけながら、誰にも病状をあかさず、自らの精神力で死と戦うというのは、確かに一般の人々の感性とは異なった強さをもっている。
大正十一年五月にいよいよ死が近づいてきたときも、鴎外は公務をつづけ、創作活動を行なっている。
だがこの五月に親友にあてて三通の手紙を送っている。
この期には腎臓の機能も著しく低下していたのだ。
一二通日の手紙で、専門医の診察をあおがない埋由を、「内部ノキクナラシイモノト其作用ノススム速度トヲ知ツタラ之ヲ知ラメト同ジヤウニ平気デハヰラレマイ即チ精神状態ノワルクナルコトハ明デアル」と記している。
不治の病の症状を知ったときの精神的な苦悶より、そういう知識から遠ざかっているほうがまだ自分の精神状態は健全でいられるという意味である。
余命いくら、といった時間的な制約など開きたくないということにもなる。
鴎外のこの理解はむろん現代にもあてはまるはずだ。


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